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慈父語録抄

慈父語録抄

宮本常一は、日本を代表する民俗学者で、「遠野物語」で有名な柳田国男の弟子でもあります。

宮本は、戦前、戦中、戦後を通して全国を隈なく歩き、庶民の生活に取材して、日本人の生活意識を明らかにしていきました。

民俗学を体系化した柳田国男に対して、生活者の視点でそれを深めた人ということができます。

 

私が宮本常一と出会ったのは、彼の著書「忘れられた日本人」ですが、その文章に溢れる暖かさと日本人への愛情にとても惹かれ、その後何冊かの著書を読みました。

そして、その中でも「家郷(かきょう)の訓(おしえ)」は、私の経営に大きな示唆を与えてくれました。

講演を頼まれると、私の経営の考え方を端的に説明するために、冒頭に「家郷の訓」について話すのが通例となりました。

 

最近、宮本常一の著作を読み返す機会があり、常一の父親が彼に残した教訓をまとめた「慈父語録抄」に深い感銘を受けたので、皆さんにご紹介したいと思います。

常一は、瀬戸内海は周防大島の百姓の出で、父親は彼に百姓として独り立ちするための心得を教えているわけですが、この教えは百姓にとどまらず、現代の我々にも多くの示唆を与えてくれます。

 

慈父語録抄

(1) 金は儲けるのは易いが、つかうのがむずかしい。

(2) いかに困った時といえども、ぬすみをしてはならぬ。

(3) 病める時、困った時は父母を思え。父母は常に手をひろげて待っている。

(4) 自分の仕事に惚れることだ。

(5) どんなものでも悪いというものはない。

   自分の心がけがわるいとわるくなるものだ。

   芝居も活動も見に行きたければ行くがよい。

(6) 人に施すことを忘れてはならぬ。

(7) かした金はやったと思え。

(8) 無闇に土をいじるような百姓は立派な百姓ではない。

   できるだけ土にさわらぬようにすることだ。

(9) 明日の天気がわからぬようでは百姓はできぬ。

(10)作物は種から選んでかかれ。

(11)土地にあうたものをつくれ。

(12)貧乏はしても借金はするな。

(13)工夫を忘れるな。

(14)仕事着のままでどこへでも行ける人間になれ。

(15)人をうたがうな。

(16)だまされたら自分がいたらぬと思え。

(17)馬鹿の相手になるな。偉い人の所へはよく出入りしろ。

   しかしそれで地位を得ようとしてはならぬ。

(18)叱る人の所へ行け。

(19)ほめる言葉は耳へふたをして聞け。

   それくらいに聞いて丁度よい。

 

宮本常一が生まれたのは明治四十年ですから、父親が彼にこれらの言葉を語ったのは、恐らく大正年間のことです。

その頃の日本はまだ農業国で、百姓の子は百姓になるのが当たり前でした。

それ故、父親が家を継ぐ息子を一人前の百姓にするのは、先祖に対する使命であり、全精力を傾けて指導したことだろうと思います。

一つ一つの言葉に男親ならではの愛情がこもっていて、こちらの胸に迫ってくるものがあります。

 

人ひとりを育てるのは、大変なことです。

独り立ちできるように育てるのは、親の自己犠牲を伴わずには不可能です。

それは会社においても同様で、部下を育てるのは、上司の自己犠牲なしにはあり得ないものと思わねばなりません。

そうして初めて集団の存続が可能になるのです。

 

若い人は父親からもらったアドバイスとして、心してこの語録抄を読んでみてください。

素晴らしい知恵がここにはある筈です。

また、年配の人たちは、この深みを味わって、そこにある愛情に触れていただき、子育てと部下育てに役立ててもらいたいと思います。