会長ブログ

『心と行動のガイドライン』の繙き(ひもとき) (1)

『心と行動のガイドライン』の繙き(ひもとき) (1)

来期から「心と行動の指針」が「心と行動のガイドライン」に改定されることになりました。

未来共創会議のメンバーが、何日もかけて真剣に議論して、社員皆が肚に落ちる言葉、あるいは肚に落として欲しい言葉として選ばれたのであろうと思います。

ここで選ばれた言葉を、これから皆さんは折に触れて口にすることになりますが、その言葉の理解の深浅によって、人間形成への影響度は大きく変わってくると思います。

そこで、皆さんに少しでも理解を深めていただくために、私なりにその言葉の繙き(ひもとき)をしておきたいと思います。

 

❶『個人の理念、志を確立しよう』

 

人生の意義は、自分の全能力を発揮して、それが人のためにもなるという以外にはない。

全能力を発揮するのは、現実としては、職業を通してする以外にはない。

(森信三)

 

私は今年七十二才になりました。

残されている時間はさほど長くはありません。

しかし、人生を悔いなく終わりたいという気持ちはいっそう切実になっています。

私の同級生たちは、七十を過ぎると、ほとんどが仕事をリタイアして、趣味などを楽しんでいます。

しかし、仮に私がそういう境遇になっても、趣味を楽しむような生活に、私が満足できるようには思えないのです。

残された時間を自分のために使うよりも、人のお役に立つことのために使いたいと思ってしまうのです。

 

最近は仕事に打ち込むことが、場合によっては罪悪であるかのように言われることがあります。

また、ワークライフバランスこそが最上の価値であるかのように喧伝されることもあります。

しかし、本当にそうでしょうか。

 

ワークライフバランスの「ライフ」が、自分が楽しむことであるなら、それほど価値あることではないように思います。

もちろん、楽しむことが悪いと言っているのではありません。

時にはそのような楽しみが必要だとも思います。

しかし、自分のためだけに生きた人生に、人は本当の満足を感じることができるでしょうか。

人が自分の存在価値を本当に感じることができるのは、社会や人のお役に立てた時ではないでしょうか。

それ故、私は残された時間が少なければ少ないほど、人のお役に立つことに時間を使いたいと思うのです。

 

因みに前出の森信三先生は、七十一才で全集全二十五巻を刊行され、続全集全八巻を出されたのは、何と八十六才でした。

晩年に入ってからのこれらの仕事は、まさに偉業という他に言葉が見当たりません。

九十六才で亡くなられていますが、「寝たきりになっても心まで寝るな」という言葉を残された方だけのことはあって、亡くなるまで気迫のこもった生き方をされ、人生の最後の最後までその緊張感が弛緩することはなかったのです。

私はどうしてもこのような生き方に憧れてしまうのです。

 

森先生のこのような生き方を支えたのは、国民教育にかける情熱でした。

教育による日本の土台づくりに、命を懸けずにはおれないという志であったのです。

確かにこのような生き方は、大変な労苦を伴いますし、実際に森先生が舐められた辛酸と困難は凄まじいものでした。

 

しかし、たった一度の人生です。

その人生を充実させたいのであれば、「なぜ働くのか、なぜ生きるのか」を真剣に自らに問いかけるのは、ごく自然なことのように思います。

それを問う中で志を見い出し、人生の方向性を定めていかねばならないのです。

人生の真の充実は、その人のそうした志から生まれるのです。

 

それでは、志をどのように見つけるのか、あるいは生み出すのか。

経営学でもよく取り上げられるマズローの欲求五段階説では、最上位の欲求として、自己実現をあげています。

ここでよく起こるのは、私的野心を自己実現だと誤解することです。

マズローによれば、私的野心は五段階のうちの四段階目の「承認の欲求」に過ぎないのです。

最近よく言われるキャリア形成などは、これに類するものだと言えます。

マズローは、最上位に位する「自己実現」は、使命と切り離すことが出来ないと言っています。

とすれば、自分の使命を見出すことで、最高の欲求である自己実現への道が開けるということになります。

 

多くの人は、志をどうして見出せばいいのか分からないと言います。

また、自分の使命が分からないとも言います。

しかし、使命とは自分が受けた恩に対するお返しだと考えれば、それがヒントになるのではないでしょうか。

私たちは実に多くの恩を授かって生きているのですから、真剣に探せば使命は見つかるはずです。

そして、志はその使命を果たそうとする行動ですから、自分が受けている恩を自覚できれば、それが志につながるのです。

それ故、志は野心とは違って「やりたくてやるもの」ではなく、「やらずにはおれない」ものなのです。

 

だからこそ志はその人の全能力を引き出すことになるのです。

冒頭に掲げた森先生の言葉にある「全能力を発揮する」ことも、「人のためになる」ことも、ここにおいて充足されることになるのです。

志と言っても、必ずしも大きなことを考えることはありません。

自分の受けている恩を自覚し、お返しするべく使命に気付き、その使命を果たすことを志し、そして懸命に努めること。

そうすることで、人間の最上位の欲求である自己実現につながるのです。

 

今、私たちがお客様、協力会社そして会社の仲間から蒙っている恩の自覚が、志のある仕事になっていくのです。

そして、何よりもこの志こそが、事の成敗にかかわらず、人生に意味と方向性を与えるものなのです。