工事部 次長/勤続40年
大阪の大学で担当したコンクリート打ちっぱなしの建物工事が印象的です。
建物の形状が複雑だっただけでなく、現場職員の体制も難しく、外注企業から2名、先輩職員2名、そして自分の合計5名、最年少として多くの役割を担うことになりました。
「毎日が必死だった」
本当に大変な現場でした。
それでも、終わってみればかけがえのない経験。
施工管理としての基礎を叩き込まれた“原点”の現場だったと思います。
当時のメンバーは3年目、2年目の社員と私の3名でした。
今振り返ると「無謀やったな」と笑っちゃいますね。
民間12億円規模という、当時の会社としては過去最大クラスの現場でした。
配属の連絡は突然、本社からの一通のメール。
「相談があるから帰ってきてほしい」と言われ、“怒られるのかな”“何かやらかしたか”と不安を抱えながら帰社しました(笑)
しかし告げられたのは、まさかの名古屋行き。
大阪から多くの業者が駆けつけてくれたことで成り立った現場でした。
「ほんま助けられた。心から感謝やね。」
今でも支えられたことが強く記憶に残っています。
「しんどかったけど、あの時ようやったな。逃げずに向き合ったからこそ今がある。」
最初の現場も、名古屋も、全部必要な経験やったと思う。
あの頃の自分に“信じてそのまま続けろ”と言いたいね。
これまでの苦労は、間違いなくその後の技術者人生の土台をつくる時間だったと思います。
苦労は買ってでもしろと本気で過去の自分にも、若手たちにも伝えたいです。