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北の国から

北の国から

北海道縦横断の旅のなかで・・・・・・。

昨年の夏、初めての北の大地に、フェリーで愛車と乗り入れ、一週間ほど北海道を縦横してきました。

旅した中で想定以上に衝撃的だったもののひとつが、20年以上の歳月を懸け主人公をはじめ、富良野の麓郷での人々の軌跡を描いた長編ドラマ「北の国から」のロケ地でした。

美しい美瑛の丘を過ぎラベンダー園を経て通過点のひとつとして入ったこのロケ地で足が止まりました!

 

厳しい自然の中で真剣に人生に向き合い生きる様子が生々しく迫ってきます。

ドラマではなく、実際の生家を訪ねているかのような臨場感を感じることができました。

建物での生活が想起され、そこに住んでいた息遣いが伝わってきます。

 

初期の家では隙間を新聞紙で張り合わせた壁で過酷な状況下にも、ささやかに真っすぐに生きる姿が感じられて容易に離れることが出来ませんでした。

田中邦衛さんが扮する、五郎の人間臭く不器用にも懸命に生きる姿が描かれ、永年それを味わい深く観てきたせいでしょうか。

単なるフィクションを超えて心に入ってきます。

結局、閉園になる夕方最後まで滞在することになってしまいました。

富良野のラベンダー園

麓郷の最初の家

晩年暮らした石の家

さて、今回の旅はフェリーが天候の都合で出発が遅れ、小樽港に到着したのは真夜中の2時でした。

またフェリーでは電波が届かなくスマホ通信が全く圏外で使えなかったのは想定外でした。

真夜中の小樽を散策して、明け方に札幌に入り旭川に向かいました。

 

その後美瑛を経て富良野入り。

ラベンダー園の丘では天然の蝦夷リスに出会ったり、また木陰に吹く風は信じられないくらいカラッとしており、天然のクーラーのように涼しかったです。

恐るべし北海道!

 

ようやく到着 新日本海フェリーを下船上陸

 

真夜中の小樽

富良野の丘に現れたエゾリス

 

北の国からロケ地「拾ってきたもので建てた家」

 

北の国からロケ地のあと帯広へ移動します。

馬ぞり競馬で有名なばんえい十勝の競馬場を観て十勝牧場に立ち寄った。

帯広は隣の釧路より気温10℃ほど高くて少し暑く、牧場の馬も木陰に集合していました(笑)。

その後、阿寒湖のアイヌコタンでアイヌ民族ショーを観覧して摩周湖へ。

摩周湖は霧で一切展望できなかったのが残念です。

ばんえい十勝競馬場 木陰に集まる馬の群れ/十勝牧場

 

阿寒湖/アイヌシアターイコロ(ユネスコ世界無形文化遺産登録のアイヌ古式舞踊などが上演される劇場)

アイヌ舞踊観劇後の記念撮影

 

まさに霧の摩周湖!

周りが見えません。

 

知床へ向かう途中、青色に澄んだ神の子池 と 空に繋がっているような天に続く道に立ち寄り、いよいよ知床へ。

前日登山客がヒグマに襲われる事件がありました。

知床峠は通行が再開されたが、知床五胡など観光地は立ち入り禁止になっていました。

 

立ち入り制限案内

 

オシンコシンの滝を見た後、世界の果てと言われる光景を生み出す砂の体積でつくられた野付半島に向かいます。

ここは何れ浸食がすすみ消失していく運命にあります。

海水に浸かりナラワラやトドワラと言われる立ち枯れた松が幻想的な光景を生み出しています。

また車道の両側に海が迫るという異様に狭く細長い半島に驚嘆させられます。

ラムサール条約に登録されている湿地帯では多様な生態系を形成しており、キタキツネやエゾシカがあちこちに見られ、道路を堂々と進んでいるのが眺められました。

オシンコシンの滝

 

道の両側に海が迫る

ラムサール条約登録の砂嘴の半島

 

妙に人慣れしたキタキツネだった

 

道路を行く雄のエゾシカがデカくて大迫力!

 

次に根室から日本最東端の納沙布岬に行き北方領土を望みます。

それから釧路湿原へ行き、ロッジのようなビジターハウスで休みました。

釧路は海流の影響で、夏でも北海道で一番涼しいと言われ、冷房なしで快適でした。

それから再び帯広で名物の豚丼を食し、トマム経由で札幌に戻りジンギスカンとソウルフードと言われる具材ゴロゴロのスープカリーを食体験。

その後、小樽より帰途に就きました。

日本最東端 白亜の納沙布岬灯台

北方領土を望む

 

高原のような気候の大湿原

 

十勝名物 豚丼 炭焼き肉が分厚い!

札幌ソウルフード スープカリー 具がデカい!

 

最後に望む小樽の夜景

 

帰途 小樽港よりフェリー乗船

 

旅のあと、富良野で北の国からロケ地の最後に行った、石の家での売店で思わず買ったガイド本を読みながら、ドラマの詳しい構成や裏話を知り、改めて内容を深めることになった。

 

年末にDVDを借りてきて改めて視聴すると、麓郷のほかにも富良野市街をはじめ随所にロケ地があり、行った処がより身近に感じられました。

ドラマでは、登場人物各々の人生の喜怒哀楽が描かれ、飾らない人間の弱さも剝き出しに遠慮なく映し出されていました。

困難にあっても直向きに歩む姿があり、北の大地の過酷な冬と美しい大自然の中で、厳しくも人情味溢れる暖かく美しい情景が拡がっています。

心に沁みる展開の中で、時に胸ではなく腹が締まるように、心身が揺さぶられるような感覚を味わうことができました。

 

その中で印象に残った五郎の言葉があります。

岩城滉一が扮する草太は ‘98時代 の中で農業の大規模化を進め生産性を上げ、地域の見本となる経営者になっています。

一方、田中邦衛扮する五郎は炭焼きや堆肥作りなど小規模なことばかりに取り組んでいました。

周囲のこの五郎の生き方に対した疑問にこぼした言葉が、「俺ぁ人の気持ちが感じられる距離で生きたいんだ」 自分のしたことで直接喜んでくれる姿を見ることで幸せが感じられる。

そういうことを大切にしていると・・・・・・。

有機農法に真剣に取組む農家に、土づくりのため炭や堆肥を提供し喜ぶ姿に、また自分も喜びをかみしめ暮らしている姿にハッとさせられました。

 

当社の基本理念に「ありがとうの溢れる会社を創ろう」と下記に謳っているものがある。
・社員をはじめ会社に関わる人々を仕合せにする会社
・長期わたって安定的に成長する会社
・社員の社会性と人間性を育む会社

単に規模を追うのではなく、お客様や協力会社とのつながりを大切にし、顔の見える距離で着実に足元を整え会社と社員が成長していく。

その結果として利益がもたらされるのがいい。

規模だけが拡大し、ひとが埋もれてしまっては人間性が失われてしまう。

人を軸として社会に貢献できることを追っていくことを大切にしている。

事業が大きくなると、消費者との接点が薄れて顔が見えなくなってしまうと、人への思いが失われがちになってしまう。

今後、事業規模が拡大しても顧客をはじめ関係者とのつながりを大切にしていきたいものです。

 

北の国からの原作・脚本の倉本聰さんは現代社会に対していろいろな問題提起をしている。

物語の始まった時代から物の豊かさを享受しつつ大量消費し華やかさに酔う社会に警鐘を鳴らし、ひとが生きていくなかで本当に大切なことは何なのかを問うてこられました。

現代ではSDGsに象徴されるように自然環境との共生が注視され、モノからコトへと人々の意識がシフトしているように思われます。

しかし、共生社会の意識が高まっている中でも、人は国の威信や自らが属する集団に意識が奪われ個の人の思いを見失うと利益に目が眩み、争いや破壊を起こしてしまいます。

人の豊かさとは何なのかを改めて問われなければならない。

この旅で思わぬ出会いがもたらされ、改めて人の生き方に対し思いを馳せる機会になりました。

2002遺言 で建てられていた「拾ってきたもので建てられた家群」

使われていたバス車両・公衆電話BOX・スキー場のゴンドラ・卵の紙パックやアスファルトの廃材などで実際につくられていた。